言語の脳科学―脳はどのようにことばを生みだすか―

新書ですが内容は非常に専門的。言語学脳科学に対して何も予備知識がなければ読みづらいと思います。

著者は学部・大学院時代に物理学や生物学,生理学を専攻している理学系出身の研究者。その点で色濃く出ているのが特徴でしょう。著者はチョムスキー派の視点から,つまり文法を最重要の研究課題として,脳が言語をどのように扱っているのかを読み解こうとしています。チョムスキーの言語生得説に対する弁護がずいぶんくどいのですが(それがこの本の狙いでもあるみたいですし),内容自体はおおむね納得できるものです。

著者の主張としては,核となるのは (1) 人間には言語に特化した脳機能モジュールが存在する(=言語生得説)ということ,および (2) 音韻論・統語論・意味論に対応する3つの言語モジュールをモデルとして採用するということ,の2つです。まだまだ脳科学が明らかにできることは限られているので,これらは仮説の域を出ませんが,脳の言語処理を究明する上で非常に重要なモデルだと考えられます。

この本では第一言語母語)と第二言語についての考察が多いのですが,第一言語としての手話について大きく取り扱っている点は特筆に値します。非常に興味深いのは,音声言語と同じような文法が手話にも存在し(これは言われてみれば当然のことですが),そしてどうやら,音声言語と同様に左脳の損傷によって失語症が起こるなど,音声言語も手話言語も言語処理に共通な機能は同じ脳領域で処理されているらしい,ということです。

脳科学は現在ちょうど発展段階にある学際分野の学問で,言語機能一つとっても非常に魅力のある興味深い分野だと思います。まだまだこれからも新しい発見がありそうです。