はじめての ―宇宙・力・時間の謎を解く―

はじめての〈超ひも理論〉 (講談社現代新書)

はじめての〈超ひも理論〉 (講談社現代新書)

超ひも理論の解き明かしたい対象は単純明白だ。それは世界を構成している最小単位のモノは何かということ。それから,そのような最小のモノが寄せ集まったときに互いにどのような影響を及ぼすかを解き明かすことだ。どのような役者がどのような舞台でどのように演ずるのか。ただそれだけのことが知りたい。

しかし我々の生きている宇宙はあまりにも我々の想像を超えていて,驚きに満ちていて,そして美しい。


超ひも理論の解き明かすところによれば,とても小さなひも状のモノ(役者)が3次元空間よりも広大な多次元時空(舞台)の上で踊っている(振動している)。その踊り方の違いによってひもが原子やクオークに見えたりする。そしてひも同士の相互作用(演技)は重力・電磁力・放射性崩壊を統制する弱い力・原子核を繋ぎとめる強い力の4つの力として捉えられる。そしてそれらのひもの相互作用が宇宙を創り出し,電気や磁気を生み出し,熱を持ち,光を発し,細胞を形作り,人を大地に縛りつける。我々はそのようなひもが躍動する奇妙な世界に住んでいる。

ところで,「超ひも理論」の「超」は超対称性を有するという意味で,「ひも」は物質の最小構成要素はひもであるという意味である。これらの言葉の意味を説明しておこう。

新しい重要な理論の出現は常に我々の理解イメージを変えてきた。例えばアインシュタイン相対性理論が出現するまでは,我々はニュートン力学的な時間と空間が独立しているという直感的イメージを信じていたが,相対性理論は時間と空間が混ざった4次元時空という理解イメージを提示した。量子論の登場はそれまでのエネルギーの連続性という常識を覆すとともに,粒子と波動が同一であるという理解イメージ(あるいは単なる粒子や波動という視覚的イメージだけでは理解できないこと)を提示した。超ひも理論は,それまでの粒子が点であるという理解イメージ(描像)ではなく,粒子が広がりを持ったひもであるという描像を提示する*1

また,同時に物理学者は対称性(symmetry)という美を追求してきた。対称性とは,ある種の変換を施しても(見た目は変わっても)中身が変わらないことを指す。例えば鏡に映ったあなたの姿は左右が逆にはなっているけれども,もう一度「左右逆の像」を鏡に映せば元に戻ることから分かるように,鏡による変換は対称性を有するといえる*2。例えばアインシュタインは観測者の立場によって解釈が異なること,すなわち観測者を変えるという変換を施せば中身も変わってしまうという非対称性を美しくないとして,観測者に依らない対称性を有する相対性理論を築き上げた。量子論においては,粒子性と波動性という二重性を持つ光や電子が,実験という観測によって粒子か波動のどちらか一方の形態を取るという事実,そして粒子だとして築いた理論と波動だとして築いた理論が等価であるという事実が判明したが,これも異なる観測をするという(粒子と波動の)変換に依存しない対称性の発見である。超ひも理論における超対称性とは,4つの力(重力・電磁力・弱い力・強い力)のいずれの力を調べているのかに依存しない,すなわち4つの力を統一する*3理論を築き上げるために導入された対称性の一つである。

対称性を有するということはどの視点から見ても同じように見えるということである。前から見るのと後ろから見るのが違うように見えるというのは非対称であり,そのような物理法則は美しくないのだ――そこには,自然法則は美しく,科学者はその美を追求しているのだ,という哲学がある。

超ひも理論の探求からは,自然法則の美しさ・宇宙の美しさの発見と,極小のひもが織り成す想像を超えた驚きの物理現象が見つかる。その一端を味わえるのが本書だ。


本書は理論物理・素粒子物理の最先端「超ひも理論」を著者の視点から分かりやすく解説する。2005年執筆であり,1990年代以降の最新の研究成果についても述べられている。著者の研究成果から述べられる宇宙の起源,膨張と収縮を繰り返すサイクリック宇宙論についての解説もある。

なお,超ひも理論はいまだ仮説であり,実験によって確認されている事実ではない。

*1:さらに,超ひも理論の枠組みの中で,1次元のひも(string)ではなく2次元の膜(brane)という描像でもって定式化する動きもある。

*2:実は鏡は左右が逆になって映っているわけではなく,逆になっているのは前後である。ただ,ここでは同じ結論になるので本文の嘘を貫き通す。

*3:重力だとして見ても電磁力だとして見ても同じ現象を見ているということは,重力と電磁力が同じ現象だということであり,その意味で統一的に記述できているということである。